図書館情報学を学ぶ

はてなダイアリーで公開していたブログ「図書館情報学を学ぶ」のはてなブログ移行版です。

ヘッドフォン

 ヘッドフォンが欲しいと思って、自転車で近くの電気店へ行ったのだが、何故かヘッドフォンがすべて売り切れになっていた。数日前に来たときには、複数機種あわせて10セットほどはあったはずなのに。不思議に思って店長らしき50代白髪混じりの男の店員に聞くと、彼は何か疲れた顔で「ああ、またか」と呟いた。彼の説明によれば、多分店にあったヘッドフォンは全て万引きされたらしい。月に一二度、そのようなことが起こるのだという。「ヘッドフォンならまだ良いのだけれどね、先月はノートパソコンを2台もって行かれちまった。カメラにも写らない。万引きがされた時に限って何故かテープが回らなくなるんだ。一体どうやって盗んだんだかわからんけれども、何とかしてほしいよ」彼はそんなことを延々と客である私に語っていた。ストレスで少しおかしくなっているのかもしれない。私にはどうすることもできないし、店長のすわった目から一刻も早く逃れたいと思っていたので、適当にパソコンに取り付けるケーブルを買って店を出た。

 学生寮に帰り、せっかくなので買ってきたケーブルをパソコンに取り付けようとしたのだが、端子が合わなかった。どうやら、変換器が必要らしい。変換器系統はまた別の電気店のほうが多種取りそろえているので、翌日そっちのほうの電気店に向かった。その電気店は先日行ったところよりも広く、なかなか目的のものを見つけることができない。あっちこっちを探していると、妙な客を見かけた。まだ秋であるのに北極にでもいるかのような分厚い防寒コートを着込み、段ボール箱を抱えている。頭にはフードが被せられていてよく見えない。その客は何かぶつぶつ呟きながら、段ボール箱の中身を、口でくわえて床に落としている。動作からすると商品棚の特定の部分にその中身を吊そうとしているらしいのだが、当然口ではそんなことはできない。Uターンして逃げるのも感づかれるかもしれないので、その客の背後をそっとすりぬけようとした。だが、まずいことに片手が客の背中に当たってしまい、その衝撃でその客は転んでしまった。かすかに触れただけなのに、まるで回転しているコマに触れたようにその客は床に転んだ。「大丈夫ですか!?」と思わず私が叫ぶと、客はひどく動揺して私の顔を見て、獣のように四つん這いで私のもとから逃げ出した。私は呆然として、しばらくそこに立っていた。ふと床を見ると、その客が置いていった段ボール箱とその中身が散らばっていた。それは10セット程度のヘッドフォンであった。段ボール箱の中を見ると、ノートパソコンの本体が二台、乱雑に入れられていた。しかし私にはそんなことは見る前からわかっていた。

 何故なら、その客の顔は、先日行った電気店の店長そっくりであったのだから。

 店員に、段ボール箱のことをつたえようとしたが、止めた。カウンターには無数の段ボールが積み上げられていて、店員はそれを前にしてあのすわった目をしていたからだ。