図書館情報学を学ぶ

はてなダイアリーで公開していたブログ「図書館情報学を学ぶ」のはてなブログ移行版です。

利用履歴を活用した図書館と出版社のコラボレーションを考える

以前Twitterで盛り上がった図書館の話題をブログ記事として書いてみようと思います。

図書館総合展で提案された「貸し出し統計データの出版社への提供」

11月27日に第10回 図書館総合展にて「貸出履歴を利用した新しい利用者支援の展開」というフォーラムが開催されました。

(2008-11-19(Wed): 図書館総合展おススメのフォーラム(1)−個別の詳細情報があるもの - ACADEMIC RESOURCE GUIDE (ARG) - ブログ版より)
このフォーラムでは、ネガティブに語られがちな図書館の貸出履歴について、*1 前向きに利用者サービスへの活用可能性について討議していました。
貸出履歴を本人が閲覧できるようにするといった直接的な利用者支援はもちろん、貸出履歴を用いた本のサジェストといった様々なアイデアが提案されていましたが、私は特に以下のアイデアが印象深いと感じました。

(個人情報と切り離した上で)貸出履歴を利用者の属性ごとに集計した統計結果を、蔵書の出版元に提供することで出版社のマーケティングに協力することができる。貸出履歴の活用は公立図書館の社会的責任を果たすものとして期待できるのではないか。*2
図書館履歴の活用方法についてはウェブ上でも様々な提案がなされていますが、外部団体への提供というアイデアはあまり模索されていない方向で、画期的だと感じました。
最近、Yahoo!知恵袋の質問回答データの研究機関への提供など、ウェブサービスの大手が研究機関と連携するケースが出てきています。*3このように、図書館内での資料の利用状況を研究機関などの外部団体に提供することは、現代社会の情報行動を解き明かすことにつながり、社会全体の利益に供するといえます。
公立図書館は独立して存在しているわけではなく、行政や出版流通など外部団体との連携なしには運営していくことができません。資料の利用統計データの提供は、そのような中で公立図書館の存在感を示す手法として見ることができるでしょう。

「出版マーケティングの対象」としての図書館

この提案は、出版社に協力できるという点でも非常に重要です。出版社にとって、図書館は売り上げを損失させるとして、あまり良いイメージがもたれていないとされています*4
しかし、利用統計データを出版社に提供すれば、双方の関係もいくらか良好にできるかもしれません。
出版社にとって、出版物がどのような読者に読まれているのかといったマーケットリサーチは重要かと思います。しかし、書店やAmazonの購買データからでは、どのような年齢層が本を買っているかといった読者像が明確に分析するのは難しいと考えられます。これに対し、図書館の貸出履歴は確実に利用者の属性に基いた分析を行うことが可能です。
貸出履歴の生データを渡すのはさすがに問題があるかもしれませんが、書籍ごとの利用統計へと変換したデータなどであれば個人情報保護やプライバシーといった問題が発生する可能性は低いでしょう。
このように、利用統計を出版社に対してフィードバックすることで、図書館が「出版マーケティングの対象」へと変化させることになります。これにより、出版流通全体での図書館の存在感が増すことにつながり、図書館利用者のニーズに応えるような資料確保の基盤を作ることができるでしょう。

まとめ

以上、「外部団体への図書館利用統計の提供」というアイデアに対して、社会全体と出版業界の2つの観点からその効果について考察してみました。
公立図書館というと、外部団体との交流の無い機関であるというイメージがあると思いますが、住民の生涯学習をサポートするという目標を達成するためには教育機関や行政機関、そして資料の提供元である出版業界と積極的に関わっていく必要があるのではないかと思います。そのとき、図書館の利用履歴データは重要な役割を持つのではないか、自分はそう思います。
今回提示した一連のアイデアについて反論のある方もいらっしゃるかと思います。その場合にはぜひとも意見をお聞かせください。

*1:貸出履歴は図書館の利用状況を把握するためには重要なデータですが、利用者のプライバシーを考慮して基本的には破棄するのが公立図書館での原則となっていました。利用者を配慮するのは重要ですが、貸出履歴の完全破棄は行き過ぎていないかという指摘が図書館系ブログ上の議論を通して指摘されるようになり、最近では図書館大会「ウェブ2.0時代における図書館の自由」などにおいても取り上げられるなど図書館界全体の問題として認知されつつあります。

*2:この記述は筆者の記憶をたよりに文字に起こしたものですので、実際の発言内容と多少異なる場合があります。

*3:参照:http://research.nii.ac.jp/tdc/chiebukuro.html

*4:http://wakatakeru.blog105.fc2.com/blog-entry-524.html