図書館情報学を学ぶ

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公共図書館と潜在能力アプローチ

不平等の再検討―潜在能力と自由

不平等の再検討―潜在能力と自由

最近ほそぼそと経済学の勉強をしています。その中でもアマルティア・センの『不平等の再検討』は非常に面白いうえ、公共図書館と非常に関わりの深い書籍であると感じました。

貧しさと平等をいかに測るか

『不平等の再検討』は、経済学における「平等」という概念の定義を巡ってさまざまな考察を行う書籍です。平等という言葉にどんな意味を込めるのかは人によって違います。ある人は「誰もが職業を得られる機会の平等」を重視するかもしれません。またある人は「誰もが医療を受けられる平等」を重視するかもしれません。所得税を不公平に思い、「地位にかかわらず得た収入や頑張りを平等に扱うこと」を重視する人もいるでしょう。センは本書で、場合によっては衝突を起こしてしまいがちな様々な平等の定義を相対化して、「潜在能力アプローチ」という理論にまとめ上げたのです。
潜在能力アプローチとは、ある人が与えられた財産をどれだけ使いこなせる能力があるかによって貧しさを測るアプローチです。
センによれば、いままでの経済学ではある人に与えられた金銭や医療や教育などの財によって貧しさがはかられてきました。したがって平等もまた、財を等しく与えることで実現しようとしてきました。センはこの貧しさの測り方に異論をとなえます。
たとえば、同じ収入を得ている人が2人いて、片方は足に障害を抱えていて車いす生活を送っているとします。この場合、与えられた収入の面では2人は平等ですが、障害を抱えている方は収入の使い道が制限される可能性があります。財が平等に与えられたからといってそれが平等に消費可能であるとは限らないのです。
センは与えられた財を自分の望むままに使うために必要な能力を「潜在能力」と呼び、この潜在能力を普遍的な平等の尺度として提案したのです。このアプローチの重要な点は、多様な平等の定義に対応できる点です。いわばセンは平等という概念をブラックボックス化したといえるかもしれません。

図書館はどんな潜在能力を補うのか

センはさらに、平等な社会をもたらすためには平等が何を指し示すのであれ潜在能力の不足を補うような福祉が必要であると唱えました。
それでは図書館にこの考えをあてはめると、どうなるのでしょうか。
いま、社会には様々な情報であふれていますが、それを人々が受け取って生活に役立てていくには障壁があります。その障壁は人によって異なるでしょう。ある人は本やインターネット接続料金を支払うお金が足りないということが障壁かもしれません。またある人は、目が見えないために本やネットから情報を得られないという障壁があるかもしれません。あるいは、本を読解するリテラシーの無さが障壁になるかもしれません。自己の情報欲求をうまく表せないこともありふれていますが重大な障壁です。
公共図書館は福祉サービスの一環だといえます。だとすれば、図書館が補える潜在能力とは「社会にあふれている情報を受け取る能力」でしょう。しかし、一般的には公共図書館は「本を無料で貸し出す」ための組織とみなされています。これは、人が情報を受け取る障壁の、一部しか取り除くことはできません。図書館サービスを考えるときには、利用者の抱える障壁を広い視野から想定して行く必要があるのではないでしょうか。
実際には公共図書館はその他の障壁を取り除く努力を行っています。県立図書館レベルですと、視覚障害者のために本を朗読したテープ・CDを制作するサービスがよく行われています。図書館がは、本来であれば一般的に思われいるよりも大きい可能性を持っているといえます。無料で本を貸し出すという図書館サービスが公共図書館で廃止されることはなかなか考えづらいかもしれませんが、金銭以外の障壁を取り除くことに特化した図書館がもっとあってもいいのかもしれません。それが結果的には情報アクセスから見た社会の平等を実現させるのではないかと、自分は思います。

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