図書館情報学を学ぶ

はてなダイアリーで公開していたブログ「図書館情報学を学ぶ」のはてなブログ移行版です。

「ブログ=作者」という誤解

ちょ、、ちょっと、幻想を抱かないでよね!(1)
d:id:yaneurao:20060511:p1
これだから過剰な期待とか評価とか嫌なんだって
http://fragments.g.hatena.ne.jp/churchill/20060511/1147340303

これらのエントリを読んでいて思うのは、「ブログを読めば著者の全人格を知ることができる」という認識が読み手の側に過剰にあるということ。著者自身も自分の全人格を知りえない(無意識とか)し、自分のネガティブな部分なんてあまり書こうとは思わないだろう。そういう条件の元で書かれるブログだけで、著者のイメージを特定するのはあまり適当ではない気がする。もっと言えば、危険に思う。誤解が憎悪を産み、具体的なネットトラブルとなる可能性があるからだ。
id:yaneurao氏の場合は、技術的な知識の正誤および関係者の証言から、その誤解を解くことができるが、id:churchillさんの例は誤解を解きにくい。実際に会ってみないと、id:churchillさんの外見がどうだとか実生活での性格がどうだといった認識が正しいかどうか分からないからだ。
「ブログ=作者」という認識は、SNSといったシステムの普及によって、ブログがネットユーザのIDとしての機能を持ち始めてから急速にネットユーザに植え付けられてきたのだと私は思う。この傾向は、インターネットを社会制度として機能させるためには良い効果をもたらしている。ただし、現状のシステムでは、ネットユーザの本当の人格を知るのは難しい。ブログおよびその作者を評価するシステムが、まだ未発達であるためだ。
はてなブックマークなどは、ブログを評価するシステムとして非常に良いサービスだと思う。しかし、その作者自身を評価するまでには至っていないと思う。人物評価システムで思い浮かぶのは、mixiの紹介欄だが、あれもmixiの性質上、ネガティブな部分を書きにくい。ネガティブな評価をいかにポジティブに取り上げるか、という観点も必要だろう。
ブログと作者の間にある、(読み手にとっての)超えられない理解の壁をどう払うか、それが今後のブロゴスフィアの課題だと私は思う。個人的な印象としては、言語そして作者自身に頼っているかぎりこの壁を払うことができないと思う。動画・画像・音声といったマルチメディアをいかに本質的に活用していくか。そして、他人のリソースをいかに作者自身の評価に繋げていくか。この問題意識が、適正な人物評価をネットでしていく鍵になるのではないかと思う。近藤社長は前者を、id:yaneurao氏は後者を自力で行っている。これをどうすれば自動化できるのか、是非WEBサービス開発者の方には考えてもらいたいなぁと思う。
以上、生意気にのたまってみました。

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